第二外国語選択用紙は大学受験が終わったことで開放感を味わっているときに大学からの入学必要書類とともに届きました。選択肢は中国語、韓国語、イタリア語、フランス語。
当時韓流ブーム――広告業界がヨン様にジャックされたのかと思ってしまうくらいに、一言でいえば「ひどかった」――全盛期でしたから、韓国語は人気だと同じ高校出身の先輩に聞かされていました。第二外国語のクラスの半分は韓国語だと。そして次に多いのが中国語で、イタリア語とフランス語はよっぽどしたい人しか選ばない、とも。その先輩は中国語を選択していて、先輩からの心優しいアドバイスとして、日本語と語順が似ている韓国語か、漢字を使用する中国語をとるように言ってくださいました。
しかしみんなが右を向けというと左を向きたくなるまがった根性の持ち主であるわたしは、帰宅し改めて第二外国語選択用紙と題された小さな藁半紙とむきあっていると、むくむくとフランス語かイタリア語を選択したくなったのです。フランス語かイタリア語! どっちにしようかと迷っていたけれども、高校生時分ロシアに耽溺していたわたしはツルゲーネフの『初恋』の物語の冒頭にある家庭教師に関する一文、「自分はロシアに爆弾のように」の「爆弾のように」にそえられているルビ、「コム・ユヌ・ボンブ」を思い出しました。そしてこの「コム・ユヌ・ボンブ」という語感に突如として惹かれたのです。そうしてわたしはフランス語を選択しました(ただ単に『ベルサイユのばら』の影響かもしれませんけれど)。
二年次の夏には、もっとしゃべれるようになりたい!短期でもよいのでフランスで語学学校に通いたい!と強く思うようになっていました。その授業が本当に楽しかったのです。
その願いはなんと叶えられることになりました。両親が、そんなにがんばっているのだから行ってきたらよいと言ってくれたのです。家の前の河原でガッツポーズをしながらやったやったと飛び跳ねながら息を切らして夕日にむかって走っていく(ことはしませんでしたが…)くらい嬉しかったです。「あなたの結婚資金がー!」という母を気遣い(笑)、そしてそのときしていたアルバイトの関係や、学校のゼミがあることなどから留学は三年次にあがるまえの春休みに一ヶ月行くことにしました。
寒いのが苦手なのと、なるべく日本人が少ないところがいいと思い、フランス南部のモンペリエという町に行くことになりました。 飛行機で関空からシャルル・ド・ゴール空港へ、そこからモンペリエ空港まで乗り継ぎです。そしてシャルル・ド・ゴール空港についたとき、ひんやりとつめたく肌をなでる空気と、誰もわたしがここにいることにちっとも注意など払っていない、という雰囲気に少し気後れした記憶があります。思えば、このときもっと前に前に、がつがつ気後れせずに行く決心をするべきだったのだと思います。
フランス南部の街モンペリエは一言でいえばとても感じの良い街でした。気温は年中暖かく、雨がほとんど降りません。世界で最初に医学部が出来た街で、ラングドック・ルシヨン地域県のエロー県の県庁所在地だということもあり、活気に溢れて人の行き来は盛んで、なおかつイタリアやスペインから比較的近いということもあり、フランス人以外の外国人もたくさんいました。
歴史的建造物がたくさんある一方で、モノレールが二本あり市街地と住宅地を行き来できるし、“ギリシア風の”という意味のアンティゴンヌの住宅街などは散歩するだけで心が穏やかになるものでした。
モンペリエの中心にはオペラ座やみんなの待ち合わせ場所である泉があり、そこのコメディー広場に面していくつものカフェが何百席も外にテラスを設けているのは、そんな光景を日本でみたことがないわたしには衝撃であり実際自分がそこで何か注文するのはわくわくしました。
思い出はレポート用紙がたとえ500枚あっても書ききれないと思いますので割愛しますが、フランス語の語学を習得目的という点でいくつか反省点があります。ひとつ目の反省点はわたしが消極的だったことです。決して日本では消極的な性格ではないと自負していたのですが、他外国人に比べると、どうしても消極であったといわざるをえません。
モンペリエの語学学校はほとんどといってよいほどアジア人がおらず、わたしの行った学校も、アジア人は5名ほどでした。学生の多くはスペイン人やイタリア人と、残りがドイツ人とスイス人でした。スペイン人は本当によくしゃべりますし、イタリア人はイタリア語がフランス語と瓜二つだということもありフランス語をよく理解できるようで、会話もよくしていたように思います。
文法は徹底的に日本で勉強して行ったので、文法の説明などはフランス語のスペルを覚え、さらに復習という形で新たに勉強できたのでよかったのですが(逆に他外国人は文法が難しいようでした)、会話はどうしても他外国人の勢いに負けてしまい、しかもしゃべっても時間がかかってしまうので、なんだか落胆してしまって消極的になってしまったのです。語学学校が午前中にあるので午後や休みの日はみんなでご飯や遊びに出たりするのですが、しゃべるときに一拍おいてしまうようになってしまったのです。
ふたつ目の反省点は発音です。フランス語を学ぶ日本人がもっとも苦労するのが“r”の発音だと思いますが、わたしのときも例外ではありませんでした。日本にいるときにはどうしてもわからなくて、ごまかして発音していました。だって「うがいをしながらちょっとずつ水を減らしていく」とか「鏡にうつる自分の舌を見ながら」とか「口に手をつっこんで舌を抑えて」なんていう練習はあまり功を奏さなかったのです。
これに関してはホームステイ先のマダムが手伝ってくれましたが、最後の最後に「まだもうちょっとね」という結論でした(しくしく)。練習しすぎて声が出なくなった日もありました。みっつ目の反省点は、もう少し口語の練習をしていけばよかったと思いました。
日本では店に入るときなど何も言いませんが、フランスではエルメスなどのブティックから小さなお店まで等しく、入店時に「bonjour!(こんにちは)」、帰る時に「au revoir!(ありがとう、さよなら)」と言います。これがないとフランス人はむっつりします。これがフランスでの人としての常識なのです。
これ以外に、道を譲るときや友達と買い物に行った時の一言二言など、コミュニケーションをとるにはやはり“小言”的なものがとてつもなくたくさん必要です。肯定表現だけでグラデーションのように25段階くらい用意しなければならない(くらいに感じました)。
反省点を抱えたまま帰国したわけですが、フランス留学は短期間だったにしろ、わたしにはとても良い経験になりました。行きのシャルル・ド・ゴール空港では英語でしか店員さんと話ができなかったのに、帰りはフランス語で会話できる度胸がついていて、フランス語で返してもらえたのが印象的でした(モンペリエに行ってわかったことのひとつに、フランス人はこちらがフランス語をしゃべっても、それが通じなければつめたい無視かさらりとした英語でしか返してくれないということ)。何もかもがきらきらひかる体験でした。
そこからフランス語を忘れまいと、引き続き聴講でLLや会話の授業をなるべくとるようにし、自分での勉強も続けたのですが、三年次から四年次の夏まで就職活動に忙殺され、なかなかフランス語の勉強ができませんでした。
現在大学四年次の冬ですが、内定先の事務所にアルバイトとして勤務し、そこでの勉強があるため、ipodに入っているシャンソンやフレンチポップスを聴く以外に、文法・会話ともにほとんどフランス語に触れていない状況です。
だから、「松平式フランス語のおぼえ方」でフランス語を基礎から思い出しつつ、留学先で話していたレベルやそれ以上にフランス語をしゃべることができればと思いました。
1)ひとつ目の悩みである会話についてですが、ひとまずほとんど忘れかかっている文法や、とくに文法上ではあまり触れられないリエゾンやアンシェヌマンや有音のHについてを学ぶべきだと痛感しました。小学校から英会話をし、受験にも使用するため英語はずいぶんと長い間学んでいたのですが、英語にはこのような文法的規則はほとんどありません。しかもフランスにいた時の会話でトラウマ的にしみついている宿命的な恐怖というのが「よく間違えるから笑われるんじゃないだろうか」と考えてしまうということでした。
特に、フランス人は有音や無音のHやリエゾン・アンシェヌマンについては小さな頃からぴしゃりと厳しくこってりと叱られ教育されるそうです。なので、フランス語を学ぶ外国人にも厳しく「そこは違うわ!」とよく訂正を入れてくれます。これがわたしにとってはありがたくもあり、すこし話すことをためらう原因でもありました。こまかい発音は地道に自分で発声して練習するしかしょうがないのですが、「松平式フランス語のおぼえ方」のよいところは例文の横にカタカナで読み仮名が書いてあることでしょう。
たとえば、Comment allez-vous ? コマン・タレ・ヴ?やVous avez une soeur.ヴ・ザヴェ・ユヌ・スール、Nous avons un chien a la maison.ヌ・ザヴォン・アン・シアン・ア・ラ・メゾンといった具合にです。
法は勉強すれば単語の並びだとか、活用語尾などのスペルミスはしなくなってくるけれど、しゃべるとなると「続けて読むとどうなるかわからない!」という状況に往々にして遭遇します。
だからこのようにカタカナで読み仮名をふっていてくれることで、どこがリエゾンするだとか、どのHが有音だとか無音だとか、すぐに辞書を引かずとも確認できるところが(たとえばしゃべる練習で繰り返し読んでいるときなど)勉強の効率をよくし、記憶に残りやすいように感じました。
2)ふたつ目の悩みである“r”の発音ですが、これは最後はやはりフランス人としゃべって聞いてもらうしかしょうがないと思います。留学中はマダムが「もうちょっと、喉のしたのあたりで~」とか「カッってなっちゃだめよ」とか「喉の奥をせばめて」という風に直接アドバイスしてくれたのですが、ひとりではなかなかそうはいきません。じゃあ一人じゃマスターできないじゃん…と諦めてしまうかもしれませんが、それはフランス人としゃべる権利を得るために勉強するべきだったのです。だって、ぽいっとフランス人の前になにもなく放り出されて「“r”の特訓してくれ」とも言う事ができなければ、フランス人も会話に付き合ってくれませんよね。 そう思い、この教材でとりあえずある程度コミュニケーションがとれるまでしっかり勉強しようと努めるべきだと思いました。
特に心残りであった1)の発音の仕方に気をつけながらです。さらに、この教材を最後まで読み進めると、“r”の発音についても指南があります。最後の二文はフランス語を勉強していようがいまいが、このテキストを手に取った全ての人がすとんと腑に落ちる会話だと感じました。
3)そして三つ目の悩み及び反省点ですが、わたしの“覚えて行けばよかった”と後悔した口語(会話表現)がこの松平式の教材にはたくさん載せられています。会話のテキストや辞書などにもフランス語会話悠々自適、のような口語(会話)リストが載っていますが、この教材はとくに口語(会話)表現が多く載せられているように感じました。
「松平式フランス語のおぼえ方」を勉強し始めて三週間ほど、時間があり集中的にやったのですが、だいぶ忘れていたフランス語をかなり思い出すことができ、文法事項をずいぶんと系統立てて頭の中で整理することできました。決意していたとおりに勉強をしなおし、教材のなかの文法は(自分なりに)ほとんど覚え、大学のフランス語の授業を聴講することにしました。
授業に参加している子たちはほとんど一年生と二年生なので、四年生のわたしはひとりで前の方にちょこんと座ることにしました。それで、とても驚いたのですが、会話に関して一年以上ブランクがあるにもかかわらず、かなりすらすらとフランス語が出てくるようになりました。もちろん一・二年生むけの授業ですし、突然「聴講させてくれ」と言ってきた学生に先生自身が優しくしてくださった部分はあるとは思うのですが、しゃべれなくて「うっ」と一歩引いてしまう“気後れ”感がなくなったように感じました。具体的にいうなれば、“会話が成立している感”があったということでしょうか。
これは先程述べました、「口語表現を覚えて行けば良かった」と後悔し、この教材でよく練習できたことも関係しているかもしれません。会話のあいまあいまに、合いの手のような頷きにも似た一言やクッション言葉があると、会話はたいへんにスムーズに進んでいくように感じました。実際会話に必要な単語をずいぶん覚えることができていたことも、会話がスムーズに成立してくれた要因でもあると思います。
あと、「あ、すらすら言えるな~」と一番実感できたのが意外にも数字でした。フランス語は英語やわたしたちの母国語である日本語とはちょっと違う感じですよね。特に70以降。理屈ではわかっていてもすっと言うとなると難しい。さらに、すっと言えるようになったと思っても、思わぬところで会話で数字がでてきたときに聞きとることが難しい。けれども、松平式でおさらいをして、これもずいぶんと聞き取れるようになりました。
時間などで数字はよく使いますし、何年、いくら、いくつ、など、数字が指し示す会話の肝心な部分(約束の時間など)が聞き取れるようになりました。フランス語は勉強すれば勉強するほどやはり慣れてくるなと実感できました。
1)まずひとつに“文字・文字”していないというところです。言い換えれば、コーヒー・ブレークとしてのコラムが多く、教材が参考書っぽくない(がちがちの文法書っぽくない)、というところです。参考書としての役割は十分果たしており、同時に、いろいろな人のコラムがはさんであって、それぞれのフランス語との関わりを語ってくれています。フランス語の教科書を読めば分かりますが、コラムはあって4点くらいです。フランス語を学ぶことによって招聘される実際的な経験のコラムは、自分の体験とオーバーブッキングして吹き出したり、そうだったな~と懐かしんだり、読み応えがありました。また、自分が経験していないこともあり、ああそうだったんだと新たな発見もありました。
2)そして文法ごとの章分けをしていないことです。これはこの「松平式フランス語のおぼえ方」が参考書・文法書っぽくない(がちがちの文法書っぽくない)ところの理由の一つですが、とても画期的だと思いました。
たとえば、第二章の第五節では、「フランス語の時制の話(1)熟語による過去の代用と月・曜日の表現」とあります。ここでは時制の話題でありつつも、サブタイトルの通り、月や曜日についてだけでなく、実際に使われる口語表現、quelの変化、前節で述べたallerとvenirの使い方も説明してあります。いままでのような参考書や文法書ならばおそらく、「第二章 時制」の“第一節 複合過去”というような形でしか書かれていなかったでしょう。しかし、この“章を読み進めて行くうちに特定の文法だけでなく、単語やそれと関係することごとを一気に学ぶことができる”というのは、いままでの教材とこの教材の大きな違いでもあると思いました。
3)次に、文法事項を示した上で口語(会話)表現をたくさん示している点です。例えば動詞“avoir”を見てみると、はじめの“avoir”の活用形を載せるところまでは普通の参考書と変わりませんが、次に(これはわたしが最もおすすめしたいポイントでもあるのですが)例文とその発音を載せ、主語によって変化する形とその発音をその後に一気に確認します。ここでどのように使うのかが、主語に関係なく覚えることができます。そして“avoir”はとても重要な動詞で、熟語や慣用句としてたくさんの使われ方をしますから、その例が次々に示されます。
「avoir chaud(暑い)」「avoir faim(おなかがすいている)」「avoir raison(言い分が正しい)」「J’ai cahud(私は暑い)」や「Tu as raison(君の言っていることは正しい)」など(実際はこれにカタカナで読み仮名がついています)です。このあと、ちゃんと復習をかねた練習問題がついていますので、綴りなどを一度書いて“avoir”を脳にしっかりと刷り込むことができます。 “aller”と“venir”の使い方もそうです。
これも、大学の教科書などでは3頁ほどで終わってしまうところですが、“avoir”と同じく丁寧に、活用形→主語によって違う発音と形の確認→熟語や用例の提示→練習問題の流れになっています。
“aller”と“venir”は英語でいうところの“go”と“come”ですが、英語と少し違う概念で考えねばならないところで、英語の理屈なれしてしまった人にはわかりにくいところかと思います(わたし含め)。
この教材では丁寧にそのことを解説されています。ひとつは「来る」という日本語そのままの例を、もうひとつは「明日あなたの家に行きます」という意味だけれども単語は「来る」という意味の“venir”を使う例をあげています。やりがちな間違いですが、しっかりと覚えていないといけないところですし、わたしもすっかりと忘れていたのでまた勉強しなおせてよかったです。
教材の中で最も良かった点は、わたしが一番オススメしたいポイントでもある“横にカタカナがふってある”というところです。他の参考書は、発音に特化した参考書でない限り、すべてのフランス語に読み仮名はふっていないからです。とりわけ、複合過去などの読み方です。
体験談になりますが、留学先で間違えまくってよく笑われたものに“e”の発音があります。「あなたはいつも動詞が複合過去になっているわ!」と笑われたり、ときには真剣に怒られたりしました。
いまの日本の学生ならだれしも、遅くとも中学生から英語を学ぶことになると思うのですが、その英語のなごりが残っていてどうしても“e”を“え”と発音してしまうのです。
複合過去は動詞の最後の“e”にアクサン・テギュをつけて“~え”の発音になりますから、わたしの発音は常に複合過去の動詞のように相手に聞こえるのでした。これについて日本・フランスの発音の先生から常に「気をつけて」といわれていました。しかしなぜかクセになってしまっていたのです。動詞以外にも“e”を“え”と発音してしまうことは多々ありました。例えば日曜日「dimanche」“ディマンシュ”を“ディマンシェ”といった具合に。これは困ります。
一度とても混んでいるカフェでピーチジュースを頼むとき、混んでいるし、店員がとても早口なので焦ってしまってpeche(桃)」を“ペッシェ”(いま思うとどうしてこんな読み方をしたのでしょうね…)と言ってなぜか怒られました。ジュースは売ってもらえませんでした。後ろの女性は思いっきり吹いて笑っていました。わたしは「デゾレ」とだけ小声で謝り、無言でとぼとぼとコメディ広場を歩いて渡ってトラムに乗り帰宅しました。
帰宅してホームステイ先のマダムに尋ねてみると、ペッシェという発音だと「釣り」である「pecher」という動詞になるそうです。ジュースは釣らないし、カフェで釣りもしません。確かに納得だけれどそんなに怒らなくても…と思いました。 話がそれましたが、そういう点で常に横にカタカナがふってあるというのは非常に良いアイデアであり(ボニデー!)、これは今までの教材に無い点だと思います。すべてにふってあるので、その一文における正しい単語の発音を練習できるのがいいと思いました。 この「松平式フランス語のおぼえ方」は、幅広いフランス語履修者(まったくの初心者を含む)対象に作られた教材としてはたいへんに納得でき、とりわけわたしのような第二外国語で勉強した人を対象にするにはぴったりだと思います。コラムやちょっとした一息を挟みながら、まるで著者と対話しながらマンツーマンで授業を受けているような感覚です。フランス語をまったく学んだことの無い初心者も、フランス語のイチから書いてあるので学びやすいと思います。 この教材がますますフランス語を学びたい方たちの手に届きますように願っております。