フランス人にチャットで話しかけることに成功

大阪府 会社員 西元宏美さん(33歳)
かっこいいフランス人と下町育ちの自分

フランス語の勉強を独学しようとしますと、いったい何から手をつけてよいのかわかりません。独学で勉強しようとされた方の中には、私のように感じている方も多いのではないでしょうか。音声を聴いて、発音の練習をすることから始めるとします。
一人で練習しているときは、まるでフランス人になったかのように正確な発音ができている気がして得意になるのですが、実際にフランス人と対面したときに、果たしてこの発音で通じるのかまるで自信がもてません。誰からどのような経緯で聞いたのか覚えていないのですが、フランス人は、フランス語が話せないと相手にしてくれないという噂を耳にしていました。
その固定観念が、いくらフランス語を勉強しても、フランス人は日本語訛りのフランス語を話す私のことなんてきっと相手にしてくれないにちがいない、という疑惑を生じさせ、フランス語学習に対する私のモチベーションを著しく下げる要因となっていました。そのうえ、私はフランス人に対して劣等感を抱いていました。フランス人はおしゃれ、フランス人はかっこいい、それに比べて私はというと、大阪の下町で生まれ育った小市民です。センスよりも実用、雰囲気よりも分量という、こてこての大阪人気質の家庭で育成されました。大阪という土地は大好きで、愛して止まないのですが、洗練性という観点からすると、フランス人にはとてもかなわない気がするのです。実際のところは、日本人にもさまざまな性質の人がいるように、フランス人も人それぞれなのでしょう。パリとその他の地域は別の国、ともいいますし。しかし、昔から培ってきた「フランス人はかっこいい」という固定観念は払拭しがたいです。
イタリアについてはそれほど強い違和感がないのですが。あのローマのテルミニ駅付近の、ごちゃごちゃした、なぜかアラビア人が集住していてスーパーにハラルフードが売られているような、いろんなものが混沌と共生しているような感じにはシンパシーすら感じます。その一方で、パリは高尚すぎて近づくことすら憚られ、いつか旅してみたい気持ちはあるにもかかわらず、いまだに訪れたことがありません。フランス人のかっこよく生きている感じに憧憬を抱きつつも、決して近づけない高みの存在のように感じてしまうのです。そんなコンプレックスが、ますます私からフランス人を遠ざけていたのでした。

フランス語は異質な感じ

では会話から学ぶことはやめて、文法から始めるのはどうでしょう。それはそれで、すぐさま壁にぶちあたることになります。フランス語の文法には、独特の規則が多々あるからです。
私は大学でイタリア語を専攻していました。イタリア語と平行してスペイン語もかじりました。フランス語とイタリア語とスペイン語は、同じロマンス語というグループに属します。イタリア語とスペイン語は文法も語彙もよく似ていますので、片方に精通すれば、もう一方の習得もスムーズです。
それに対し、フランス語は異質な感じがします。文法をひとつとってみても、イタリア語やスペイン語の知識ではカバーできないことが多く、フランス語を学ぶうえで戸惑うこともしばしばありました。
独学でフランス語を続けていくうちに、頭の中が整理できなくなり、ぐちゃぐちゃに絡まった電気コードのように収拾がつかなくなります。わからないと面白くないので学習をやめてしまいます。それでもやはりフランス語を習得したいという気持ちは消えていませんので、何年かしてクローゼットの奥から学生時代に使用していたフランス語の教科書を引っ張り出してきて勉強を再会します。そして、そのうちまたわけがわからなくなり放り出してしまいます。その繰り返しでした。

「星の王子様」を原書で

私にとって語学を学ぶうえでの一番の楽しみは、洋書を原文で読めるようになることにあります。昔から本を読むのが生き甲斐です。図書館で古書の匂いに包まれて、本と一緒に埃をかぶっているときに一番の幸せを感じます。図書館で外国文学を読み漁るにつれ、これらを原文で読んでみたいという欲求が日増しに強くなっていきました。日本語に訳された本もそれなりに楽しめますが、日本語に翻訳された本と原書とは別の作品としてとらえるべきです。翻訳の過程において、翻訳者の主観を排除することは難しいからです。
翻訳者の主観や個性が投影された翻訳書も味があるのですが、原書を読んで、著者の思いをストレートに受け取ってこそ正統な読書の楽しみといえるのではないでしょうか。
原作の風味を損なわずに味わうためには、原書で読むべきです、絶対に。大学で2年間、週1回の授業をうけた結果、サン・テグジュペリの「星の王子様」をなんとか自力で読めるようになりました。膨大な時間をかけ、何度も繰り返し辞書を引いて、牛の歩みで読み進めました。読み切ったときの達成感は格別でした。その爽快感は山登りに似ています。富士山の山頂に立って日の出を見る感覚です。

マンツーマンレッスンを受けてみる

社会人になってしばらく、フランス語の学習はやめていたのですが、知人が面白い先生からフランス語を習っていると聞いて、私もレッスンを受けたくなりました。ソルボンヌ大学でフランス語を学ばれた、日本人の先生でした。縁の眼鏡とオレンジ色に染めたショートカットのヘアスタイルが似合う、背の高い女性です。先生がフランス語のレッスンのためだけに借りていらっしゃる天満橋のアパートで、マンツーマンのレッスンを隔週1回のペースで受けました。
先生の着ている服は、いつもよく似合っていました。たとえば、黒のコートに群青色のマフラーという組み合わせはシックで洗練された組み合わせでした。 アパートの机の上にパウル・クレーの名作「シンドバッドの航海」のレプリカが飾られていたりして、さりげなく置かれた家具や雑貨の選び方にセンスが光っていました。先生に助けてもらいながら、なんとかサルトルの戯曲の短いやつを読むことができました。タイトルは忘れましたが、3人の男女が登場する戯曲です。彼らは密室の中にいるのですが、なぜ自分たちがその部屋に入ったかわかりません。そればかりか、自分が生きているのか死んでいるのかわかりません。その部屋で過ごすうちに、3人の間に微妙な三角関係が生じて…というストーリーです。
これから読む方のために最後まで書くことは控えますが、ストーリーの結末にははっとさせられました。鋭利なナイフのようなサルトルの感性には惹かれずにいられません。レッスンは大変気に入っていたのですが、半年でやめてしまいました。サルトルをなんとか読めましたので、気持ちにひとくくりついたということもありますが、理由はもう一つありました。
インドの古典語サンスクリットの学習に夢中になったからです。だからといって、フランス語の文学書を読むことについての関心が薄れたわけではありません。サルトルの作品はまだまだ残っていますし、ロランバルトの哲学書にも挑戦したいです。ロランバルトは日本語で読むと非常に難解ですが、原文で読むことができればストレートに理解できるにちがいないのです。難解だと感じたら、原文を読んでみること。そうすると、意外にもあっさりと理解できてしまう場合はよくあります。

友人がフランス人、ギニア人と結婚

フランス語を学び直したいと思い始めた動機は、読書の他に、もう一つあります。2人の友人が、フランス語を話す外国人と結婚したことです。そのうちの1人は、ギニア人と結婚しました。ギニアはアフリカ西海岸の国ですが、公用語としてフランス語が採用されており、彼もフランス語が話せるらしいのです。「らしい」といいますのは、彼には何度か会ったにもかかわらず、彼とフランス語で話したことがないのです。
名古屋に住んでいる彼らの家を何度か訪ねたときも、友人に「フランス語を習っているんでしょ? 彼と話してみてよ」と言われました。そう促される度に冷や汗をかきつつ「いえいえいえいえいえ、話せるほどのレベルではないですから」と慌てふためいて、彼とは英語でコミュニケーションをとっていたのです。フランス語を何年も習っているのに、まったく話すことのできない自分が情けないです。
もう1人の友人は、フランス人と結婚しました。彼女とは、学生時代にアルバイト先の美術館で知り合いました。昔から絵を描くのが好きで、よく紙切れに熊やら牛やらを描いてくれたものです。フランスの美術学校で絵を習うのが夢でした。しかし、留学資金が貯まらず、「本当はフランス留学したいねんけど」と言いながら、映像制作会社に入社し、カンボジアの影絵やアフリカの亀料理の映像を編集していました。
そんな彼女に転機が訪れたのが入社2年目です。絵画教室の帰りに自転車を走らせていた彼女は、信号無視して突っ込んできたオートバイと衝突、左足を複雑骨折して2か月の入院生活を余儀なくされたのです。体を動かせない入院中に、彼女は自分の人生について突き詰めて考えてみた結果、やはりフランスに行きたいという自分自身の気持ちを抑えることはできないと気づきました。退院後のリハビリにも意欲的に取り組み、交通事故で支給された保険金を元手に「まだちょっと足が痛いねんけど」と言いながらフランスへと飛びました。その後、フランス語を学び、美術学校に入学し、フランス人と結婚して子どもが生まれました。パリ仕込みフランス語とべたべたの大阪弁を話す子どもを育てながら、美術学校に通っています。1年に一度、日本に帰って来るのですが、2年前に久々の再会を果たしました。
彼女の目は生き生きとしています。なんでも、学内のオーディションに合格して、ある高級マンションのエントランスを飾るオブジェづくりを委託されたとかで、自分と同じ身丈の巨大な黒うさぎのオブジェをつくる予定だそうです。「制作資金の余りは、自分のものになるらしいねん。なるべく安くあげて、ネパールで瞑想を習う資金にしたろ」とよくわからない計画を企てている様子でした。
彼女の子ども、マルコ(通称マルちゃん)は、5歳になります。普段はフランス語で話すらしいのですが、日本語しか通じなさそうな人には日本語で話しかけるそうです。私は日本語でしか話しかけてもらったことがありません。そして私もマルちゃんにフランス語で話しかけられずにいました。実は、フランス語を使ってみたくて、マルちゃんに会う数週間前にフランス語会話の教材を買ってきて、寝る間も惜しむ猛勉強をしていました。ところが、いざマルちゃんを前にしたとき、フランス語を話そうとすると旧型のパソコンのようにフリーズしてしまう自分がいました。せっかくフランス語が使えるチャンスなのに、どうしても身構えてしまうのです。結局、フランス語は一言も発せずに別れました。惨敗です。
ひとりになった帰りの電車の中で、友人がフランス生活について語ってくれたことを思い出しました。「フランスで生活していると、ときどき日本が恋しくて仕方ないときがあるわ。フランス人と考え方が違うから、ごっつうしんどいときがあるねん。何もかも説明せなわかってくれへんし、フランス人ってたいがいめっちゃしゃべるから疲れる。でもな、いいとこもいっぱいあるねんで。美術学校の授業とか、ほんまにすごいわ。先生と、深い話ができるしな、私の話も真剣に受け止めてくれる。そういうつっこんだ議論って、日本だとなかなかでけへんやろ?」フランス人は、議論を好む傾向にあるらしいです。議論を積み重ねることによって相手を理解しようとします。議論するには、相手が必要です。
テレビの視聴やネットサーフィン、ゲームといった、相手がいなくても楽しめる娯楽が日本社会には溢れていますが、フランスでは人とコミュニケーションをとることが人々の楽しみとしてまだまだ機能しているようです。人と関わっていくことへの積極性に、フランス人の健全さを感じます。
そんな国民性はここ数年で形成されたものではないでしょうし、フランス語はフランス人たちが議論に議論を重ねる中で磨き上げられていったにちがいありません。人間は言語でもって思考するわけですし、フランス人について知るためには、フランス語を学ぶのが最も効果的といえます。彼らと深く話してみたいなら、そして、もっと彼らのことを知りたいと望むなら、まずはフランス語を学ぶことから始めることでしょう。今までものにできなかったフランス語を使えるようになれば、未知の世界に出会える、そして、自分の知らなかった自分へと変化するためのとっかかりになる気がするのです。

「松平式フランス語のおぼえ方」の感想

さて、教材を勉強した感想を書いてみたいと思います。まず、松平式フランス語は、モチベーションを上げてくれました。そして「フランス語は難しい」という固定観念を砕いてくれました。松平式フランス語で学習を進めると、構えずに、フランス語をじゃんじゃん使っていこう、という気持ちになっていきます。著者の「フランス語は難しくない、構えなくても大丈夫」という励ましの心が行間に滲み出ているからかもしれません。 教材の中で、著者は、たった四つのネパール語だけを覚えて、ネパールで高山植物の調査をされているご友人を例に述べていますが、いざとなったらジェスチャーと表情、ボディランゲージでなんとかなります。外国人とコミュニケーションしたいなら、それぐらいの度胸は持つべきなのでしょう。フランス人と話をするのを躊躇う理由の一つに、「フランス語は発音が難しい」と感じていたことが挙げられます。
特に、jの音とrの音をうまく発音できる自信がなく、私のフランス語はまるで通じないのではないかと恐れていました。しかし、松平式フランス語の解説を読み、あまり心配しなくても通じる、きれいな発音にこだわる必要はないのだとわかりました。著者のこのような言葉は、私がフランス語を話すうえで大きな励ましとなりました。フランス語で話をすることを躊躇いがちな私の背中を押してくれるようで心強いです。結局、私はこだわり過ぎだったのです。そのこだわりは、うまく通じるかどうかという心配よりも、フランス人と対等に話したいとか、かっこよく話したいというプライドに由来するようです。心の奥底では、本来の目的である「コミュニケーションすること」を二の次に考えていた、それで話せなかったのだ、ということがわかってきました。
心構えから直していかなければ、いつまでたってもフランス語は上達しそうにありません。まずはそのへんの心の在り方から改めてという気持ちにさせてくれたのは、この教材から読み取れる著者のフランス語を学ぶ上での柔軟で積極的な姿勢に心動かされたからです。
やはり、言語は自己顕示欲を満たすためではなく、相手との意思疎通によって互いに心を通わせ、相手と喜びを分かち合うためにあるのです。自分の思っていることが通じるって、素直に嬉しいですよね。相手に伝える喜びを育てていくことの重要性、松平式フランス語は、それに気づかせてくれました。感謝しています。

日本人が疑問に思いやすい部分を分かりやすく解説

日本には英語の教材は溢れていますが、他の外国語の教材で、質の良いものをさがすのはなかなか難しいです。書店でフランス語の教材を見て回る度に感じることは、ほとんどの教材において解説が非常にシンプルです。単語の意味や簡単な文法の骨組みを知るには困らないのですが、いざ疑問にぶつかると、説明が少ない分、その教材だけでは解決できない場合が多いです。わからないところはとばして、先に進もうと思える人にとってはそれでよいのかもしれません。
しかし、私には向いていません。私は神経質なところがあり、わからないところを放っておくことが大変苦手なのです。日本人は真面目な人が多いですから、私のようにわからないことをわからないままにして先へ進むということに抵抗がある人も多いのではないでしょうか。松平式フランス語は、日本人が疑問に思いやすい部分に焦点を合わせ、著者の言葉で噛み砕いてわかりやすく説明してくれています。

<1>allerとvenirの使い方の違いについて
どちらも「行く」と訳すことができますので混同しがちでしたが、教材を読んでその違いが明確にわかりました。このような日本語との違い、つまり、この場合では、自分ではなく相手を主体にして動詞を使い分けるということですが、このような発見が外国語学習の醍醐味です。

<2>前置詞àの変化の法則
前置詞の使い方や変化の法則は、慣れるまで混乱しやすい項目の一つです。教材でわかりやすくまとまっていますので、いざ困ったときにはこの頁を開いて活用することができそうです。

<3>末尾のtの音の発音について
nuitの末尾のtの音について説明されています。今までは、ただ単に「末尾のtは発音しないものなのだ」という認識を持っていただけでした。しかし、この説明で、リエゾンによってtの音が発音されることに納得しました。

<4>部分冠詞
部分冠詞は、これまで、訳もわからず使っていました。教材の説明を読み、何を言うために付けるものかを初めて知り、やっと納得がいきました。どうして今までこういう説明をしてくれる教材に出合わなかったのか不思議です。部分冠詞の使用は、日本語にはない発想で興味深いです。著者はビールを例に挙げて説明しています。日本語は文脈でわかることは言わなくても可としますので、主語がない文章さえ成り立ちます。ましてや、部分冠詞などありません。
「ビールください」といえば、その人が「この世の中のビール全て」を望んでいるわけではないことは明白ですので、部分冠詞がなくても困りません。一方、フランス語は、言わなくてもわかるようなことさえ徹底して表現し、誰にとっても明確であることを意図するのだということがわかりました。このような明確化により、文法は複雑ですが、曖昧なところが少ない分、約束ごとを覚えてしまえば誰もが一定のレベルまではフランス語を習得できるのかもしれません。と、この世の中のビール全てが集まって海のようになる壮大な絵図を想像しながら考えるのでした。

<5>フランス語に対する俯瞰的な知識
コラムによって、フランス語の歴史、言語学におけるフランス語の位置づけを知ることもできました。フランス語に対する著者の深い知識が垣間見られます。ただ闇雲に単語や文法を覚えていくという詰め込み型の学習方法ではなく、言語について深く掘り下げていくことで、俯瞰的な知識を手に入れることができます。これはなかなか他の教材には見つからない特徴ではないでしょうか。「コラム フランス語の歴史」(p.3~)を読んで、フランス語は私が思っていたよりもずっと新しい言語であることを知りました。紀元前から存在するインドの古典語サンスクリットを平行して学んでいる私にとっては、フランス語がとても若々しく感じられます。 言語は生き物と同じで、若いときは動的です。成長し、姿も変化していきます。活発で、精気に満ちた輝きがあります。これからダイナミックに変わっていくでしょう。今後の動向が楽しみです。

「奥行きのある」知識を与えてくれる

松平式を勉強して最もよかったと思う点は、言語を学ぶ上での心構えといいましょうか、言語習得のために必要な「奥行きのある」知識を与えてくれる点です。
例えば、Bonjourという言葉について説明している箇所です(P12~)。一般に出回っている教材の多くは、Bonjourという言葉について、せいぜい「『こんにちは』という意味で、日中に用いる挨拶の言葉です」程度の説明しかしていません。そこで、私たちは「Bonjour=こんにちは」と機械的に覚えこむことに留まります。しかし、実際はどうかといいますと、様々なシチュエーションで、色々な意味で使うことができると具体例を挙げて解説されています。
こういうことをざっくばらんに教えてくれる教材にはなかなか巡り合えません。少ない単語やフレーズを駆使して会話を広げていく応用力と柔軟性を培うことは、この先に学習を続けていくうえで大いに役に立ちそうです。象の鼻は長く、耳は薄くて大きく、背中は硬く、足は柱のようです。一つの物であっても、観察者からの角度と距離によっては、まったく違うもののように見えます。
このことは、言語についてもいえます。一つのフレーズをさまざまな角度から考察することにより、いろいろなものが見えてくるはずです。一方向から見ただけの平面的な知識では、その後ろ側がどうなっているのか知ることができません。応用力を身につけるには、積極的にさまざまな観点から考察する目が必要です。何事も受身で学ぶだけでは限界があります。この教材を使っていく中で、いかに積極的に自らアプローチして言語を習得することができるかについて考えさせられました。フランス語に限らず、外国語を学ぶうえでの基礎となる心構えを教わりました。

フランス人とのチャットにチャレンジ…すごい緊張と興奮!

先日のことですが、松平式フランス語のおぼえ方で学んだことがどれだけ実践で役立つかを試したくて、インターネットでフランス人とチャットしてみることにしました。自分に似せたキャラクターを作ってチャットできる、そんなサービスがあるのです。オンライン上の広場や建物の中でそのキャラクターを動かしながら、キャラクターの頭上に出る噴出しでチャットします。そのサービスを利用するとき、よく出会う女の子がいました。オンライン上のキャラクターでは明るい黄色の髪で、緑色の目に赤い縁の眼鏡をかけています。キャラクターをカーソルでクリックするとプロフィールが表示されるのですが、それによるとパリに住む大学生だとわかりました。
私は朝3時に起きる習慣をつけています。チャットサービスの利用は早朝であることが多いのですが、朝方の広場はたいていがら空きです。そのがら空きの広場に彼女が現れるのは、だいたい午前4時ごろです。といっても、彼女も早起きだというわけではありません。フランスと日本の時差は8時間ありますから、日本時間の午前4時は、フランス時間の午後8時なのです。広場で何度か鉢合わせしているにもかかわらず、彼女に話しかけたことはありませんでした。そうです、またしてもフランス人に対するコンプレックスが首をもたげてきたのです。話しかけたい、でも、話せない。彼女が他の人とフランス語でチャットしているのを、広場の隅っこで傍観しているだけの私でした。
松平式フランス語を学ぶことで一抹の勇気を手に入れた私は、ついに彼女に話しかけることに成功しました。話した内容は、たいしたことではないのですが。挨拶と、簡単な自己紹介をぽつぽつと話しただけです。それなのに、髪の毛が逆立つほど緊張しました。ひととおりの自己紹介が終わると、緊張のあまり慌てて広場を去りましたので、彼女は私のことをちょっと奇特な人だと思ったかもしれません。そんな、あまりスマートとはいえない交流でしたが、それでもこれは第一歩です。たった一歩でも、なかなか話しかけられずにいた私にとっては大きな進歩といえます。
こうやって書きますと、まるで10代の少女が憧れの男の子に話しかけられたときのようなときめきぶりですが、実際のところ私にとっては興奮すべき出来事でした。彼女とは、また近いうちに話をしてみたいです。今度はもう少し長く、なるべくリラックスして話せるようになりたいです。彼女の日常生活や家族のことなんかを聞いてみるのもよいかもしれません。話していくうちに親しくなれれば、いつかは政治経済や芸術についてなど、さまざまな議論を交わしてみたいです。
彼女だけではなく、何人かのフランス人がそのチャットサービスを利用しているみたいですし、フランス人との交流の輪が広がれば、その分、フランス語学習にも身が入りそうです。その延長線上には、フランスへ行って、フランス人たちとリアルで語らえるときが到来するかもしれません。夢はどこまでも広がります。
また、私にとってフランス語を学ぶ一番の目的であるところの原書を読むことにつきましても、ほんの少しですが進展がありました。インターネットを利用してフランス語で書かれた小説本を一冊購入したのです。どの本を買うか迷いましたが、ジャン・フィリップ・トゥーサンの「浴室」に決めました。「浴室」はかつて日本語で翻訳書を読んだことがあり、ストーリーが頭に入っていますので、読み切る自信があります。原書を読めば、日本語で読んだときには伝わってこなかったニュアンスを読み取ることができるのではないかと、遺跡での発掘作業の機会を待ち望む遺跡愛好家のような気持ちで、本の到着を楽しみにしています。
こうして積極的にフランス語を学ぼうとする気持ちが生じたのは、松平式フランス語で学ばせていただいたおかげです。私のフランス語学習は、まだまだ始まったばかりです。松平式フランス語を使うことで芽生えた積極性を保ちつつ、これからも語学と共に自分自身を磨く努力をしていきたいです。

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